浩洋子の四季

古季語を探して、名句・秀句を紹介します。

〈小説「新・人間革命」〉

 

清新/五十七 法悟空 内田健一郎 画 (5882)


 山本伸一の三度目となる今回のインド訪問は、「七つの鐘」の掉尾を飾るとともに、二十一世紀への新しい旅立ちとなる、ひときわ深い意義をもつ世界旅であった。
 彼は、その記念すべき訪問の出発地を、どこにすべきかを考えた時、即座に九州しかないと思った。九州は、日蓮大聖人の御遺命である「仏法西還」を誓願した恩師・戸田城聖が、東洋広布を託した天地であるからだ。
 戸田は亡くなる前年の一九五七年(昭和三十二年)十月十三日、福岡市内にある大学のラグビー場で行われた九州総支部結成大会に出席し、集った三万人余の同志に、生命の力を振り絞るようにして叫んだ。
 「願わくは、今日の意気と覇気とをもって、日本民衆を救うとともに、東洋の民衆を救ってもらいたい!」
 そして、万感の思いを込めて、特に男子青年に対して、「九州男児、よろしく頼む!」と、東洋広布を託したのである。
 伸一は、「七つの鐘」が鳴り終わる年を迎えた今、二十一世紀への世界広布の新出発もまた、「先駆」を掲げる九州の同志と共に開始したかったのである。
 彼が九州研修道場に到着したのは、前日の一月三十一日午後六時のことであった。
 九州の代表幹部らと懇談し、勤行したあと、彼は一人で思索のひとときを過ごした。
 外は、しとしとと冷たい雨が降り、それが、かえって静寂を募らせていた。
 彼は、「七つの鐘」終了後の、学会と広宣流布の未来へ、思いを巡らしていった。
 “今年は、会長就任から二十年目を迎え、日本の創価学会建設の基盤は、ほぼ完成をみたといえる。国内の広宣流布の礎は盤石となり、未来を託すべき人材も着々と育ってきている。また、学会は、仏法を根底にした平和・文化・教育の団体として、人間主義運動の翼を大きく広げつつある……”
 そう考えると、今後、自分が最も力を注ぐべきは世界広布であり、人類の平和の大道を切り開くことではないかと、伸一は思った。


【「聖教新聞」2016年(平成28年)8月20日より転載】


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