浩洋子の四季

古季語を探して、名句・秀句を紹介します。

小説「新・人間革命」

 

大山 七 法悟空 内田健一郎 画 (5967)


 インド、香港訪問を終えて、山本伸一の一行が成田空港に到着したのは、二月二十日午後七時のことであった。
 伸一は、心に期していた。
 “間もなく「七つの鐘」が鳴り終わり、二十一世紀への五年ごとの新しい歩みが始まる。今こそ、力強く、その助走を開始する時だ! 新しい離陸のためには、エンジンを全開にして疾走しなければならない。それだけに、油断を排し、細心の注意を払うことだ。皆が心を一つに、希望の前進を開始できるように、これまで以上に同志の激励に徹しよう。一人でも多くのメンバーに会い、広宣流布に生き抜く創価の精神を訴え抜いていこう!”
 帰国翌日の二十一日は、インド訪問について新聞各紙から依頼されていた原稿の執筆に力を注いだ。二十二日は、来日中の北欧メンバーを激励したあと千葉指導へ向かい、二十五日には、信濃町創価文化会館に集った山梨や茨城の同志と記念のカメラに納まった。
 さらに二十七日には神奈川県に舞台を移し、藤沢市の湘南文化会館で行われた湘南圏大ブロック担当員(後の地区婦人部長)勤行会に臨み、引き続き同会館で開催された藤沢支部結成十六周年の勤行会でも指導。しかも、この勤行会は三回にわたったのである。
 そして翌日には、二回にわたる小田原文化会館の開館記念勤行会に出席している。
 まさに間断なき全力疾走の日々であった。
 このころ、またもや各地で、宗門僧による学会攻撃が繰り返されるようになっていた。彼は、いかにして会員を守るか、ひたすら心を砕いた。本来、前年の十一月七日に行われた創価学会創立四十八周年を記念する代表幹部会で僧俗和合が再確認され、事態は収束に向かうはずであった。
 しかし、この代表幹部会の直後から、学会の和解は偽装であるなどという意図的な話を、一部の週刊誌などが盛んに書き立てた。背後で、学会攻撃を煽る陰湿な謀略が進んでいたのだ。
 険難の峰こそが創価の師子の征路である。


【「聖教新聞」2017年(平成29年)1月10日より転載】


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