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浩洋子の四季

古季語を探して、名句・秀句を紹介します。

小説「新・人間革命」

 

大山 十 法悟空 内田健一郎 画 (5970)


 戸田城聖への追善の唱題のなか、山本伸一の瞼に、自分を見つめる恩師の顔がありありと浮かんだ。
 師の声が耳朶に響いた。
 「伸一、頼むぞ! 世界の広宣流布を。恐れるな! 堂々と使命の大道を征け!」
 胸に勇気が湧いた。力が全身にたぎるのを覚えた。
 “私は戸田先生の弟子だ! 広宣流布に一人立った師子王の子だ! 何があっても、大聖人の仏法を、創価学会の精神をまっすぐに伝えていく! 尊い仏子である会員を守り抜くために戦っていく!”
 戸田の追善勤行を終えて帰宅した彼は、宗門との問題について思索を巡らしていった。
 学会は、これまで宗門を最大に外護し、宗門は大興隆を遂げた。また学会は、広宣流布をめざし、広く社会に仏法を展開することに最大の力を注いできた。しかし、宗門僧らは、その言葉尻などをとらえ、教義の逸脱、謗法だと言って学会員を見下し、責め続けた。彼らの姿には慈悲のかけらもなかった。
 そうした横暴に、わが同志は、悔し涙を堪え、じっと耐えてきた。それを思うと、伸一は居ても立ってもいられなかった。
 学会は、僧俗和合のため、会員を守るために、事態を収束させようと、あらゆる努力を重ねた。学会の対応についての、宗門側のさまざまな言い分も、あえて聞き入れた。それでも執拗に学会攻撃が繰り返されてきた。
 宗門には、もともと檀家制度の歴史のなかで培われてきた「僧が上」「在家は下」という考えが根強くあった。学会の草創期から、僧たちが衣の権威をかざし、仏子である学会員を苦しめる事実が数多くあった。
 それは、宗祖・大聖人の御精神に反する。
 「総じて日蓮が弟子檀那等・自他彼此の心なく」(御書一三三七ページ)等の御文に明らかなように、僧も、在家も、本来、平等であるというのが大聖人の教えである。
 人間の差別の壁を打ち破る、万人平等の法理こそが、日蓮大聖人の仏法である。

 


【「聖教新聞」2017年(平成29年)1月13日より転載】


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