浩洋子の四季

古季語を探して、名句・秀句を紹介します。

河鹿/今日の俳句 ≪第2129号≫

f:id:knowinglykunchangtan:20160507060500j:plain

≪2016年(平成28年)5月7日(土)≫(旧暦4/1)

 

 鳴きやんでまなこ寂しき河鹿かな
        日野草城

 昼ながら過ぎに月ある河鹿かな
        芝不器男

 浸し居る蹠河鹿の鳴きにけり
       富田うしほ

 遅き月蕗にさしゐる河鹿かな
        加藤楸邨

 河鹿鳴く夕宇治橋に水匂ふ
        皆吉爽雨

 


※ 河鹿→河鹿蛙・河鹿笛・夕河鹿・河鹿宿。
 山深い渓流でしかも水のきれいな流れに棲む蛙である。近ごろは自然環境の破壊が急速に進み、なかなかその姿が見られなくなった。雌は体長八センチ近くあるが、雄はその半分くらいしかない。体の色は灰色と茶色のまじったような色で、腹部は白に近い。細く永い脚につづく指の先には吸盤がつき、急流の岩や石に張りつきやすくなっている。
 雄は「ヒョロヒョロ、ヒュルル、ヒヒヒ・・・・・」とその小さな体からは想像できないような澄んだ美しく響きわたる声をあげて鳴く。河鹿笛である。その声は銀の笛でも吹いているように、水音をかき消すほど高い声で鳴きつづける。夕方や涼しい時間に一匹が鳴き出すとそれに誘われて一斉に鳴き出す。河鹿の名前は、鳴き声が鹿と同じように、みごとなためにつけられたものである。夏が過ぎ、川の水が冷えてくると鳴かなくなる。蝿や蜘蛛を与え自分で飼育してその声を楽しむ人々もいる。

【「現代俳句歳時記(夏)/角川春樹編」(角川春樹事務所)より転載】



彡……☆★☆*……☆★☆*……☆★☆*……☆★☆*☆彡……☆☆彡





       ※☆*わが友に贈る*☆※

  友のために尽くす

  祈りと行動の中に

  負けじ魂の真髄は

  最大に発揮される!

  励ましの連帯を広げよ!



       2016年5月7日(土)




       ※☆*寸 鉄*☆※


 「二百年後のために今、戦うのだ」恩師。我らの一歩が人類の未来を転換

      ◇

 中国青年部の日。正義の師子吼で勝ち抜け!師弟共戦の人材山脈を今こそ

      ◇

 個人的幸福を唯一の目標とする人生は虚偽である―文豪。自他共の勝利へ

      ◇

 「此の土は本土なり」御書今いる場所こそ使命の本舞台。足元から広布拡大

      ◇

 子の自己肯定感、挨拶や早寝を心掛けるほど高いと。まず親が模範の姿で

聖教新聞:2016年(平成28年)5月7日(土)付】






      ※☆*名字の言*※



「特筆すべき事は、全くの信心したての人々が揃って折伏に励んでいる姿である」――1956年(昭和31年)5月6日付の本紙記事。驚異的な勢いで、関西で弘教が進む模様を報道している

記事では、青年部の池田室長(当時)を中心とした強固な団結に触れつつ、躍進の要因として「歓喜」を挙げた。当時を戦った先輩方の記憶と一致する。異口同音に語るのは「とにかく楽しかった」ということだ

御書に「南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜」(788ページ)と仰せのように、勇んで広布に立つとき、生命は大歓喜に包まれる。それが、全体の爆発的な勢いを生む。「大阪の戦い」の時から会場を提供する婦人は、集ってくる同志の顔が今も思い浮かぶという。「対話が実った笑顔。触発されて“次は自分も”と誓う表情。歓喜と決意が連鎖していました」

大阪の隅々に広がった歓喜――その源泉は、池田室長の激闘に帰着する。4月末からの1週間だけでも、東京と大阪を2往復半。夜行列車で往復する強行軍だった。その車中でも、原稿をつづり、激励の文をしたためていた

広布の万波は、常に一人の真剣な行動から。「1万1111世帯の弘教」という金字塔から60周年の5月。今こそ「私自身の金字塔」へ挑みたい。(芯)

 

聖教新聞:2016年(平成28年)5月7日(土)≫付】

 

彡……☆★☆*……☆★☆*……☆★☆*……☆★☆*☆彡……☆☆彡