浩洋子の四季

古季語を探して、名句・秀句を紹介します。

小説「新・人間革命」雌伏

 

雌伏 十六 法悟空 内田健一郎 画 (6044)

 山本伸一は、石塚勝夫に言った。
 「お父さん、お母さんを、生涯、大切にするんですよ。父母の恩に報いることから、人間の道は始まります。報恩の心を忘れない人が、真の仏法者なんです」
 さらに、個人会館を提供してくれていることへの感謝を伝えながら、日ごろ、心すべき点についても語っていった。
 「ともかく近隣に迷惑をかけないよう、会合の中心者ともよく連携し、駐車、駐輪、話し声など、細かく気を配っていくことが大事です。大変でしょうが、周囲のお宅には足しげくあいさつに伺い、『何かあったら、すぐにおっしゃってください』と、意思の疎通を図っていくことが大切です。
 近隣の方々が、快く協力し、応援してくださるようになれば、それ自体が広宣流布の姿なんです。個人会場は、広布の民衆城です。そこに、堅固な信頼の石垣を築くことが、学会を盤石にしていくことにつながります」
 伸一は、それから、自宅の隣にある個人会館を訪問した。一階は、石塚の営む建築電気工事会社の事務所になっており、二階が三十畳ほどの会場であった。
 そこには、佐久本部の支部幹部ら地元の代表が集っていた。伸一は、一緒に勤行し、ここでも懇談のひとときをもった。
 彼は、佐久の同志に、句を詠んで贈った。
 「忘れまじ 佐久の幸ある 瞳かな」
 「佐久の友 今日はいかにと 祈る日日」
    
 石塚宅から伸一が向かったのは、蔵林龍臣の家であった。蔵林家は江戸初期から庄屋を務めた旧家であり、母屋は築三百五十年で、地元では「鶯館」と呼ばれているという。
 主の龍臣は、家の前で和傘を差して立ち、伸一と峯子を迎えた。
 「約束を果たしに来ましたよ」
 伸一は、こう言って笑顔を向けた。
 蔵林は、六年前に東京で行われた本部幹部会の折、自宅が江戸時代からの旧家であることを伝え、訪問を要請したのである。

 

 

【「聖教新聞」2017年(平成29年)4月12日より転載】

 

 

 

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